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大阪地方裁判所 昭和37年(タ)79号 判決

原告 山木春子

〈仮名、以下同〉

原告 山木夏雄

右法定代理人親権者 山木春子

右両名訴訟代理人弁護士 東野俊夫

被告 森冬夫

右訴訟代理人弁護士 池田慶

主文

原告山木夏雄、被告間において、昭和三六年五月三〇日○○市○○区長に対する届出によってなされた原告山木夏雄と被告との協議離縁は無効であることを確認する。

原告山木春子の請求及び原告山木夏雄のその余の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告山木春子、その余を被告の各負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、主文第一項同旨及び「原告山木春子、被告間において、昭和三六年五月三〇日○○市○○区長に対する届出によってなされた原告山木春子と被告との協議離婚は無効であることを確認する。被告は原告らと同居せよ。被告は原告ら各自に対し昭和三六年七月一六日から右同居するまで一ヶ月金五、〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに金員請求につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一、原告山木春子(以下原告春子という)は、昭和二八年三月一日、被告と結婚し、被告との間で、先夫との間の子である原告山木夏雄(昭和二四年三月一二日生)(以下原告夏雄という)を被告の養子とすることを合意し、ともに○○市○○区○○町○○番地の居宅において、同居生活を始め、昭和二八年一二月一四日、原告春子と被告との婚姻届出及び原告夏雄と被告との養子縁組届出をなした。

二、被告は、昭和三六年五月三〇日、原告らに無断で、原告春子と被告との協議離婚届出及び原告夏雄と被告との協議離縁届出をなした。

三、原告春子は、昭和二八年頃から○○会社の集金係をしていたが、同年七月三一日、○○電車○○線踏切において、出勤途上、電車にはねられ、顔面等に大怪我をし○○病院に入院した。その後原告春子は、昭和三〇年三月一八日、退院し、同年四月一八日、労災保険金三〇万円を受取り、その一部で原告ら及び被告の住居を増築し、残りの大部分の金を被告に預けた。そして原告春子は、衣料行商などをして一家を支え、同年一〇月頃から○○生命に勤めた。被告は、昭和二八年三月頃、○○組のクレーン運転手をし一ヶ月一万円足らずの収入があったが、同年四月にはその仕事をやめ、一時○○附近の散髪屋の手伝いなどしており、その後も定職がなく、原告春子から預った右金員を山木一郎や○○鉄工所に貸付け、昭和三四年頃から○○鉄工所の熔接仕事を引受け、数人の職人を使って相当の収入を得るようになり、度々情婦をつくりながら原告春子にはほとんど生活費を与えなかった。ところが被告は、昭和三六年四月頃、当時中学校一年生の原告夏雄が学校で問題を起したことから、原告春子に対し、つとめに出るのをやめるよう、やめなければ別れるといったので、原告春子は、同年五月一八日、大阪家庭裁判所に家庭生活の円満を計るため家事調停を申立て、右調停は同月二六日を初回とし、同年七月一〇日第五回まで続行された。原告春子は、同年六月八日、原告夏雄の転校手続のため区役所に行ったところ勝手に離婚届及び離縁届が出されていることを発見し、同年七月一〇日、調停は不調に終った。被告は、原告春子と結婚して以来同月一五日まで原告らと同居していたが、同日、○○市○○区○○町○○番地○○荘二階に別居し、現在鉄工下請業者として月収一〇万円にも及んでいるのに、原告らに生活費を全然与えない。原告らは被告との別居中その生活を保持するため被告から最低各自一ヶ月金五、〇〇〇円の割合による補給を要する。

四、右協議離婚及び協議離縁は無効であり、被告は、原告春子の夫、原告夏雄の養親として、原告らと同居し、原告らの生活を扶助する義務がある。

五、よって原告春子は、被告に対し、協議離婚無効確認並びに同居及び昭和三六年七月一六日から右同居するまで一ヶ月金五、〇〇〇円の割合による金員の支払を、原告夏雄は、被告に対し、協議離縁無効確認並びに同居及び同日から右同居するまで一ヶ月金五、〇〇〇円の割合による金員の支払をそれぞれ求める。

次いで原告ら訴訟代理人は、被告の主張に対し、次のとおり述べた。

(一)  被告主張の二、三の事実は否認する。

(二)  原告春子は、財産分与の調停を申立てたことはなく、調停条項に被告が毎月金一万円を支払うとあるのは被告が家庭に復帰するまでの原告らに対する生活扶助費であると確信しているものである。原告春子は、協議離婚及び協議離縁の追認をしたのではない。

≪証拠関係省略≫

被告訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

一、原告ら主張の一ないし三の事実はすべて否認する。

二、被告は、昭和三六年五月上旬頃、原告春子の実弟山木一郎方において、原告春子との間で、山木一郎及びその妻立会の上被告と原告春子との協議離婚及び被告と原告夏雄との協議離縁をなすことを合意し、右合意にもとづいてそれぞれその届出をなし、被告は、原告春子の申出により同年六月九日、原告らに対し、金一九万円を支払った。

三、原告春子は、その後大阪家庭裁判所に対し、財産分与の家事調停の申立をなし、昭和三六年七月一一日、同裁判所において、財産分与の調停が成立した。そこで被告は右調停条項に従い、同年八月一日、金一万円、同年九月二二日金二万円、同年一〇月二日、金一万円、合計金四万円を同裁判所に寄託した。しかしその後被告は、無一文となり、工場に勤務する身ではその日の生活を維持するのが精一杯の状態である。

≪証拠関係省略≫

理由

一、協議離婚及び協議離縁無効確認請求について

≪証拠省略≫を綜合すると、次のような事実が認められる。

(一)  原告春子は、昭和二八年三月一日、被告と結婚し、被告との間で、先夫との間の子である原告夏雄(昭和二四年三月一二日生)を被告の養子とすることを合意し、ともに被告が従来から居住していた○○市○○区○○町○○番地の居宅において、同居生活を始め、昭和二八年一二月一四日、原告春子と被告との婚姻届出及び原告夏雄と被告との養子縁組届出をなした。

(二)  原告春子は、昭和二八年三月当時から○○株式会社の集金係をしていたが、同年七月、○○電車の踏切において、会社への出勤途上、電車にはねられ、顔等に傷を受け、○○病院に入院し、同年一〇月、同病院を退院した。原告春子は、右交通事故のため脳の神経に障害が生じ、昭和二九年五月頃から同年八月頃まで○○病院神経科で治療を受け、更に同年九月、○○精神病院に入院し、昭和三〇年三月一八日、退院した。原告春子は、同年四月一八日、右傷害による労災保険金として、金三〇万円の支払を受け、この金で入院費を支払い、前記居宅が二畳一間しかなかったのでそこに三畳の部屋を増築し、庭をつくり、残りの金を被告に渡した。原告春子は、同年一〇月一日から○○生命保険会社の外交員となり、被告もその頃工員として勤めるようになった。

(三)  ところが原告春子は、つとめのため帰宅が遅く、被告は、自炊して原告夏雄と二人で食事をする状態であったところから、原告夏雄は、素行が悪く、その非行によって警察に保護されるようになった。そして被告は、昭和三六年五月初め頃、その日も原告夏雄が警察に保護されたので、引きとって帰り、原告春子の弟の山木一郎方において、同人及びその妻立会の上原告春子と話合い、原告春子に対して、子供をつれて帰ってほしい旨離婚及び離縁を申入れたところ、原告春子は、離婚及び離縁することはやむをえないが、金をもらいたい旨返答し、その日は金額についてまでの話はでなかった。その後原告春子と被告は、同月下旬頃、前記居宅において、山木一郎、被告の兄の森秋男、被告の妹婿の○○ら立会の上、離婚及び離縁について話合ったが、その際原告春子は、金一九万円もらえば離婚及び離縁に応じてもよいような口ぶりであったけれども、前記居宅からは絶対に立退かない旨主張してゆずらなかったので、森秋男は、被告に対し、被告が家を出ていくように説得した。しかし当日は結局離婚及び離縁にともなって被告が原告春子に支払うべき金額や離婚及び離縁後の住宅等の処置について明確な合意はえられず、その結果離婚及び離縁の届出を提出することについての合意をするまでには至らなかった。

(四)  そこで原告春子は、昭和三六年五月一八日、大阪家庭裁判所に対し、被告を相手方として、労災保険金三〇万円のうち一三万円を被告にとられてしまい、それを返すなら離婚届を出せといわれるので話合いたいということを理由に、原告春子と被告は離婚するとの趣旨の家事調停の申立をなした。そして原告春子は、同月二六日、第一回の調停期日において、調停委員に対して一八万円位の手切金で離婚を要求する被告には応じられない旨を述べた。

(五)  ところが被告は、右第一回の調停期日に出席せず、昭和三六年五月三〇日、原告春子に無断で、かねて森秋男及び○○から、離婚届及び離縁届をなすにつき証人として記名捺印することの承諾を得て借り受けていた印章と、自宅にあった「森」の印章二個、「山木」の印章一個を持参し、代書人に依頼して離婚届出書用紙及び離縁届出書用紙に必要事項をすべて代書してもらい、離婚届出書用紙の届出人欄の被告「森冬夫」と原告「森春子」の名下に右の「森」の印章二個をそれぞれ押捺し、証人欄の「森秋男」と「○○」の名下に右借り受けた印章をそれぞれ押捺して原告夏雄の親権者を原告春子と定めた原告春子と被告との協議離婚届書を作成し、離縁届出書用紙の届出人欄の被告「森冬夫」の名下に離婚届出書用紙の被告「森冬夫」の名下に押捺した右「森」の印章を押捺し、原告「山木春子」の名下に右「山木」の印章を押捺し、証人欄の「森秋男」と「○○」の名下に右借り受けた印章をそれぞれ押捺して原告夏雄と被告との協議離縁届出書を作成し、○○市○○区長に対し、これら届出書を提出した。

(六)  原告春子は、昭和三六年六月八日、原告夏雄を山木一郎方に預け、そこから通学させるべく、区役所に戸籍謄本をもらいにいって初めて離婚届出及び離縁届出がなされていることを知った。そこで山木一郎は、被告方で、被告に対し勝手に届出をなしたことをなじり、原告春子に金を支払うことを要求したため、被告は、原告春子に対して一九万円を渡そうとしたが、原告春子がこの受領を拒んだので、被告は、同月九日、被告方居宅において、○○に立合ってもらった上、原告春子の面前で一九万円を離婚の手切金の趣旨で山木一郎に交付し、同人は、これを預って後日原告春子に渡した。

(七)  しかし原告春子の申立てた調停はその後も続けられ、被告は、昭和三六年六月二三日、第三回の調停期日に初めて出席し、調停委員に対して既に離婚届出がなされたことを述べた。

原告春子は、右離婚を承諾しない旨主張していたが、同年七月一〇日、第五回の調停期日において、山木一郎の説得もあって慰藉料又は財産分与として三〇万をもらうことによって離婚を承諾することもやむをえないとの気持になり、同日離婚の調停申立を取り下げて新たに財産分与の調停申立をし、新件として立件したうえ調停を成立させることとし、同月一一日、右の話合いにもとづいて新たに立件された財産分与の家事調停事件について、原告春子、被告及び山木一郎出席の上、「1、相手方(被告)は申立人(原告春子)に対し協議離婚に伴う財産分与として、金三〇万円を次のとおり大阪家庭裁判所に寄託して支払うこととし、申立人は右寄託につきあらかじめ受益の意思表示をした。

(イ)昭和三六年七月以降毎月金一万円宛。(ロ)毎月一〇日限り。但し昭和三六年七月分は同月末日限り支払うものとする。2、当事者双方は本件に関し今後名目の如何を問わず一切の請求をしない。」旨の調停が成立した。

(八)  被告は、昭和三六年七月一五日から従前の居宅に原告らを残して○○市○○区○○町○○番地○○荘に転居し、原告らと別居し、右調停条項に従い、同年八月一日から昭和三九年一〇月三〇日までの間に、二一回にわたり、合計金一〇万七、〇〇〇円を大阪家庭裁判所に寄託し、原告春子は、昭和三七年一〇月三〇日から昭和四〇年五月一二日までの間に右金一〇万七、〇〇〇円を受領した。

以上の事実が認められる。≪証拠判断省略≫

(九)  以上認定の事実によれば、原告春子と被告との間に昭和三六年五月三〇日当時離婚及び離縁の合意が成立していたことはないし、原告春子が被告に協議離婚及び協議離縁の届出をなすことを依頼したこともないことを認めることができるから、同日○○市○○区長に対する届出によってなされた原告春子と被告との協議離婚及び原告夏雄と被告との協議離縁は無効なものというべきであるが、右協議離婚については、原告春子は、同年七月一一日、調停期日において、被告から協議離婚に伴う財産分与として金三〇万円の支払を受けることについて合意をしたことにより、被告に対し、右届出によってなされた離婚を追認したものと認められる。従って原告春子と被告との協議離婚は、原告春子の追認により、届出日にさかのぼって有効なものとなったというべきである。

二、同居請求及び協力扶助請求について

(一)  原告らは、被告に対し、同居請求及び原告らの生活扶助として昭和三六年七月一六日から同居するまで一ヶ月金一万円の支払請求をなしている。

ところで夫婦及び夫婦間の未成年の子は、一方の配偶者に対し、民法第七五二条にもとづく同居請求権や協力扶助請求権等の実体的権利自体の存否の確定を求めるため地方裁判所に対して通常訴訟を提起しうるものと解すべきである。しかしながら同居の時期、場所、態様や、協力扶助の時期、態様、程度、方法等その具体的内容は夫婦の協議によって定まるのであって、夫婦の協議が成立しなかった場合にこれを決定することは純然たる非訟事件の性質を有し、家庭裁判所の審判によってその内容が具体的に形成されるものというべきであるから、これらの事項について夫婦の協議も審判もない場合には、訴を提起された地方裁判所にそれを決定する権限はなく、請求を棄却するほかはないものと解するのが相当である。

(二)  そこで本件について考えると、原告春子と被告との協議離婚は、原告春子の追認により、届出当時にさかのぼって有効となったことは前記一、(九)のとおりであるから、原告春子の被告に対する同居請求及び協力扶助請求は理由がない。

(三)  原告夏雄と被告との協議離縁は無効であることは前記一、(九)のとおりであるけれども、原告春子が被告との離婚を追認した際にも、原告春子と被告との間に原告夏雄が今後原告春子及び被告のどちらと同居するのか、及びその時期、場所、態様、及び原告夏雄の養育についての被告の協力扶助の時期、態様、程度、方法等について何らの協議もなされておらず、又これらの事項が家庭裁判所の審判によって決定されてもいないことは前記一のとおりであるから、地方裁判所にはこれら同居及び協力扶助の具体的内容を決定する権限がなく、従って結局原告夏雄の被告に対する同居請求及び協力扶助請求としての金員支払請求は理由がないものとして棄却するほかはないというべきである。

三、よって原告夏雄の協議離縁無効確認請求を認容し、原告春子の請求及び原告夏雄のその余の請求はいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山本矩夫)

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